いばらの棘が溶ける夜
男達も夢を見る
目を開けたら、光が眩しい。

人の気配がする。
俺は、一瞬何が起きたんだかわからなかった。

起き上がると、周りの人達が話しかけてくる。

「大丈夫ですか?」

「座ってください。」

「座った方がいいですから。」

そう、営業先へ寄ってそのまま自宅へ帰る電車の中だ。

立ち上がって、起きたな…今。

声をかけてくれた隣の女性に聞いてみる。

「すみません。今倒れていましたか?」

女性は頷き、座るようにまた勧めてきた。

少し混乱していたが、それは倒れて何処かがおかしいとかではなく、今の状況に戸惑っているからだ。

本当に倒れたのだろうか?

特に、何処も痛みもない。

ただ、倒れたことは全く記憶になく、起き上がったことで、そうなのかなと思っただけだ。

さっき何を考えていたっけな…

営業先での、あたりさわりのない世間話と、「また次、いい商品があれば考えるよ。」といつものように断られての帰宅中。

いい商品って、何だよなぁ。
お偉いさん達、会社の金でいいもの飲んで、食ってるんだから、いい商品開発してくださいよってんだ、なんて愚痴っぽいこと考えてたんだっけな。

それだけで血圧上がっちゃったとか?

そんなことしょっちゅう思ってるし、ストレス溜まってんのかなぁ。

考えているうちに、駅についた。
網棚にのせておいた荷物を降ろして、歩き出す。

大丈夫そうだな。

階段を上り終えたところで、急に後ろから引っ張られた。

なんだよ!

嫌な顔をして後ろを振り返ったら、女子高校生だった。

前を見てもう一度、振り返ってしまった。

「すみません…」

顔を真っ赤にして、小さな声で早口に。

どうも、彼女は、同じ車両に居合わせて、心配してくれたらしい。父親も倒れたようで、病院に行った方がよいと伝えにきてれたのだ。

「ありがとう。」と言ったら、彼女は早足に立ち去って行った。

俺は、さっき倒れたことよりも、驚いた。

目の前にいたのは、女子高校生だぞ!

今年29歳になるまで、女子高校生と話したことあったか??

後にも先にも、自分が高校時代の3年間だけだぞ。

家までの帰り道、変な動悸が静まることはなく、顔を真っ赤にして勇気を出してくれた彼女のことを思い出していた。

次の日。

喫煙ルームで同期の木原が、挨拶がわりの

「最近どうよ?」と声をかけてきた。

「いや~ストレスなのかさ、昨日倒れちゃったみたいでさ~」

いつものノリで答えたら

「オイ、オイ。お前タバコなんて、呑気に吸ってていいのかよ。」

ゴホ、ゴホッ。

焦った木原が、むせている。

「倒れた記憶が全くないんだよ。気づいたらって感じで、何処も痛くないし。」

同じフロアの知らない会社の人も、一緒の喫煙ルームということもあり、木原の耳元でコソッと話しかけた。

「それよりさ、女子高校生が心配して追いかけて来てくれたんだよ。」

ゴホ、ゴホッ。

木原が、またむせている。

「オイ、その美味しい話なんだよ!」
「心配した俺の優しさ返してくれよ。」

木原が、羨ましがった。

「その話、後で聞かせろよっ。」

客との約束時間だからと、名残惜しそうに立ち去っていく。

夕方になって携帯に電話が鳴った。
木原だった。

「今日いつもの呑み屋で集合な。」

人の都合も聞かないで、しかも、同期の増田にも声をかけたらしい。

「タバコの心配してたのに、飲むのはいいのかよっ。」

苦笑しながらも、約束をして電話を切った。

木原は同期の中では1番早く結婚して、一児のパパなのになぁ。
いやもう、自由に遊べないからこそなのかもしれない。

しかも、今回は女子高校生。

女子高校生ってのは、禁断の甘い香りがして、響きだけでもオヤジにとっては神々しささえ覚えるものなのだ。

どんな子なんて二の次。

「女子高校生って、お前の勘違いじゃないのか?」

「次は、もちろんお前が声掛けるんだろ?」

なんて絡みつつ、木原は飲んでる間中、終始羨ましがった。

俺は倒れたんだぞ!

それより何より、彼女の名前すらも、わからないのに…。

いや、彼女も同じ駅で降りていたということは、会えるかもしれない。

会ったら本当に、声かけてみようか?
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