雨宿り〜大きな傘を君に〜
塾の正面玄関で携帯を操作するフリをしながら、菱川先生を待つ。
駅までの道のりを並んで歩くことはしないけれど、私のスピードに合わせて歩いてくれる先生の後を付いていく。
私たちの路線を使っている生徒は少ないため、電車に乗ってからは並んで座る。
そして近くのスーパーで買い出しをする。
今日の献立はもう考えているだろうか。
すぐに菱川先生は出て来た。
埃の付いたコートを着て、くたびれた革靴を履いている。本当は綺麗好きで、部屋にはゴミひとつ落ちていないことを知っているから、そのギャップがたまらない。
「菱川先生、」
先生が私に視線を寄越した瞬間、背後から声がした。
高いヒールの音を響かせて、佐渡先生が駆け寄って来た。
「授業のことで相談に乗って欲しいことがありまして。これから一杯どうですか」
「僕は相談相手には相応しくありませんね。他をあたってください」
菱川先生が歩き出したけれど、私はまだ手元の携帯に視線を落としたままでいた。
「冷たいですね…分かりました。それなら駅までご一緒させてください」
菱川先生は何も言わずにコートのポケットに手を入れて、いつもよりも速いスピードで歩く。
もしも佐渡先生が後ろを振り返っても怪しまれないように一定の距離を保ちながら、2人の後を付いて行く。
会話までは聞こえなかったけれど、佐渡先生が一方的に話し掛けているようだった。