雨宿り〜大きな傘を君に〜
隣り駅で緊急停止したらしく、いつも閑散としている車内は人で溢れかえっていた。
「混んでるね」
菱川先生は出来るだけスペースのある場所に私を誘導してくれた。
「貸して」
「え?」
「バッグ持つよ」
「とんでもないです!自分で…」
次々と人が乗り込み、人の波にバッグが引っ張られそうになり慌てて握り直す。
「いいから」
高校の教科書と塾の参考書が詰められたバッグは重いはずなのに、先生は片手で受け止めた。
「ありがとうございます」
「俺も車通勤にしようかな。そしたらハナちゃんも楽だし」
緒方さんの家の駐車場には2台止まっていて、その一方はよく緒方さんが乗っているけれど、先生が運転しているところは一度も見たことがなかった。
「あれ?ペーパーだと思ってた?ちゃんと乗れるよ。今度、ドライブ行こうか」
思いがけないお誘いに嬉しくなる。
「行きます!」
「うん。でも冴えない塾講師がちょっと良い車に乗って通勤って設定はおかしいよね」
「確かに塾での菱川先生と、車は不釣り合いです」
「だよねー」
それに先生と電車に揺られる何気ない日常も、私は好きだ。
ううん、どのような場所であってもあなたとなら、見える景色は違うのだろう。