雨宿り〜大きな傘を君に〜

泣き疲れてぐったりした私を支えるようにして車に乗せてくれた。

荷物も全部、先生が運んでくれた。


「すみません…」


車のミラーに映る私は人に見せられない顔をしている。まぁ先生には見せちゃったけれど。


メイクが崩れて目の周りが黒ずんでいる。


「我慢されるよりもずっといいよ。笑って、怒って、泣いて。俺の前ではありのままのハナちゃんであって欲しいよ」


「なんでそこまで…私のこと、」


昨日まではどこにでもいるような先生と生徒の関係だった。それも高校教師ではなく、彼は勉強を教えることを専門とした塾講師であって、生徒の私生活にまで目を向ける必要がないのに。

生徒の悩みと向き合うことは、菱川先生の仕事には含まれていないのにね。


「唯一、俺の講義を真面目に聞いて、板書をとってくれる生徒だから」


「え?」


「何百人の生徒を送り出してきたけど、君だけだよ。ハナちゃんだけが、俺の講義を聞いてくれた」


菱川先生の数学の講義は、当てられないし、他の講義の復習に費やす生徒ばかりだけれど、やっぱり先生も気付いてたんだね。


ほとんどの人が聞いていない話をする先生は教壇でなにを思ってきたのかな。



「自分でも退屈な講義だって分かってるから、聞いてもらえないことは自業自得なんだけど。それでもハナちゃんは俺の話に耳を傾けてくれていて、ずっと気になってたんだ。この子はすごくは優しい子か、要領の悪い子なんだろうって」



「要領が悪いことは否定しませんけど、私、単純に菱川先生の数学の講義が好きなんです。丁寧で分かりやすくて。ただ公式を暗記してと言うんじゃなくて、その成り立ちとか意味を教えてくれるじゃないですか。私も思ってたんですよ、先生の講義とは相性がいいなって」


助手席から偉そうなことを言ってみた。

運転のために前を向く先生の表情は分からなかったけれど、とりあえず言いたいことは言っておく。


「昨日も言いましたけど、私は先生の講義が好きなんです」


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