パクチーの王様 ~逸人さんがあやしい物を見ています~
夜の営業も終わり、戸締りもして、さて、寝るか、と芽以が部屋に戻ろうとしたとき、逸人がやってきた。
「もう寝るのか?」
と廊下で訊いてくる。
「はい、なんか疲れちゃったので」
おやすみなさい、と深々と頭を下げると、
「おやすみ」
と言った逸人はいつものように抱き締めてこようとしたが、何故か、手を引いた。
――ん?
と思い、見上げた芽以から距離を取った逸人は、少し迷ったあとで、芽以にあまり近づかないようにして、そっと額にキスしてくる。
「……おやすみ」
そのまま去ろうとしたようだが、廊下の端まで行った逸人は、ぴたりと止まり、また、戻ってきた。
芽以の両手を握ると、あのそらしたくなるくらい真っ直ぐな瞳で、芽以を見つめ、もう一度、
「……おやすみ」
と言ってくる。
「お、おやすみなさい……」
と芽以が言うと、今度こそ、去っていった。