彼・・・私の天使。
天使の窮地

1


 劇団の稽古場に行くと同期の友人から団長が僕を探してたと言われ行ってみると

「実は年末にテレビ局のプロデューサーに会って、四月からのドラマの主人公の友人役の新人俳優を探してると言われて君を推薦しておいたんだが」

「えっ? 僕をですか?」

「あぁ。君、ここに来る前に、どこかの事務所に所属してたのか?」

「アルバイト程度ですけど。正式に契約してた訳じゃないんです」

「ところが君を使うなら、その事務所を通してくれと言われたらしいんだよ。この業界には、よくある事なんだ。そういう悪質な事務所。これからの事もあるし……。君には劇団の舞台にも出て貰いたいが、ドラマや映画の方が向いてる気がする。今回は残念だったが次の機会のためにも一日も早くきちんとしておいた方がいい。話し合いで済むのかどうかも分からないが……」

「分かりました」

 どういう事だよ。正直な気持ちだった。団長がまだ研究生の僕を推薦してくれた事には感謝している。でもとっくに辞めた事務所から、どうしてそういう話が出るんだ。いつまで邪魔をする気なんだ。許せない。授業を受ける気にもなれず、とにかく前の事務所の社長に会いに行った。

「やっと来たか。戻る気になったのか?」
 と社長。

「冗談じゃない。何の権利があって僕の邪魔をするんだ。ちゃんと契約してた訳でもないのに」

「アルバイトでも口約束でも契約は契約だ」

「そんな無茶な話があるか……」

「芸能界には、いくらでもあるんだよ。どうしても戻るのが嫌だと言うなら今まで君に使って来たものを返してもらおうか? 契約不履行の損害賠償金として二百万。君が出せないと言うのなら名古屋の裕福なご両親にでも頼もうか?」

 二百万だなんて、そんな金額とても払えない。とにかく名古屋の両親には何も知らせないと約束させて事務所を出た。こんな詐欺みたいな話、現実にあるのが芸能界なのか……。

 何も知らなかったとはいえ、あんな事務所に入ったのは僕だから。あまりに世間知らずだった事が腹立たしかったし情けなかった。どうしよう。どうすればいいんだろう。

 彼女の顔が浮かんだ。でもこんな事で迷惑は掛けられない。自分で何とかしないと……。

 それでも塾のバイトだけは行かなければならない。もうすぐ受験。授業を放り出す訳にはいかない。塾とはいえ教え子をこんな個人的なことで蔑ろには出来ない。

 授業を終えて自分のマンションに戻った。彼女に会って彼女の前で、何も無かったように振舞える自信がなかった。
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