彼・・・私の天使。
別れの手紙

1


 それから数日後。私は内容証明の件で事務所を訪ねた。

「出しておいたわよ。これが三通の中の一通。差出人の分ね」

「はい。ありがとうございました。お手数掛けました」

 事務所を出ると道の向こう側に晴れ着姿のきれいなお嬢さん。そうか。きょうは成人の日。
 その隣を仲良さそうに歩いている天使を見付けた。
 劇団の稽古場、事務所の近くにあったのよね。たぶん劇団の子ね。

 私が車に乗り込む時、天使が私に気付いたようだった。私はそのまま車を出した。



 その日の夜遅く天使から着信。

「はい」

「うん……」 

「何?」

「きょう劇団で、団長から夏のドラマの出演の話があって、まだ決まった訳じゃないんだけど。夜九時のドラマなんだ」

「そう。決まるといいわね」 

「うん……」 

「何だか嬉しそうじゃないのね?」 

「そうじゃないけど、また電話する」



 私は来るべき時が来た。そう感じていた……。



 一週間後、センター試験も終わった翌日。朝早く彼のマンションを訪ねた。チャイムを押す。ドアが開いて

「どうしたの? こんなに早く……」

「ちょっといい? 用件はすぐ済むから」 

「いいけど……。入って」

「一度しか言わないから、ちゃんと聴いてね。もうあなたには会わない。そう言いに来たの」

「どういうこと? 何を言い出すんだよ……」

「ここに、二百万あるわ。あなたが好きなように使って」

「お金? なぜ僕に? どういうつもりなんだよ」

「どう思ってくれてもいいわ。じゃあ」

 彼は私の腕をつかんで抱き寄せた。
 その腕を解いて私は部屋を出た。そして急いでエレベーターに乗った。

 エレベーターの中は、このマンションの住人らしい人たちで混んでいた。七階から乗って、それぞれの階で止まり思ったよりずっと時間が掛かった。

 もし一人だったら泣いていたかもしれない……。そう思うと丁度良かったんだ。

 やっと一階に着いてエレベーターが開いた。そこには天使が居た。見るからに階段を駆け下りたらしい酷く苦しそうに息をする彼が……。
< 65 / 108 >

この作品をシェア

pagetop