ひと雫おちたなら

威勢よく彼に口答えできたのは、少なくとも四組ほどのお客様あたりまで。
そこから先は、混雑する店内でただ一人てんやわんやしていた。

メニューだってほぼ初見、お酒も聞いたことのない銘柄の日本酒や焼酎を耳にして何度も聞き返したし、オーダーミスも立て続けに起こした。

しかし、これは新人あるあるらしくあまり責め立てられることはなかった。

一人を除いては。


「お客さんと話し込むのだけはやめて」

「あ、うん……ごめん」

「今日は平日だからまだいいけど、週末は本当にこんなもんじゃないから」

ひぇぇ。

声にならない悲鳴を、あけた口から漏らす。


「そういういちいち変なリアクションとるのも面倒だから、やらなくていいよ」

「あーごめん、無意識…」

私の大切な個性までも、彼は全否定してきた。


もしかして、もしかしなくても、私のこと嫌い?


もぞもぞと今日学んだことを、準備していたメモ帳に書き留めていたら「まあ、でも」という声がしたので顔を上げる。

休憩室のテーブルに肩肘をついて、睦くんは鼻でふっと笑った。

「声はよく通るし、明るいし、客ウケはよさそう」

「おお!褒めた」

「でも、それだけ。何が問題かは全部言ったはずだから、明日また答え合わせ」

「Sっ気強めなの、睦くんて」


普通の男の子なら「バカじゃないの!」とか「どうでもいいわ!」とか気持ちよく突っ込んでくれるはずなのだが、彼はやはりひと味違う。


「試してみる?俺がSかどうか」

そう来たか。
何をどう試すっていうんだ。

「その発言がすでにS」

「どうするの、ゴリゴリのMだったら」


盛大に大笑いさせてもらった。



< 12 / 62 >

この作品をシェア

pagetop