ひと雫おちたなら
あのとんぺい焼きの絵、あとからちゃんと聞いたら、睦くんの中で納得がいっていないのだという。
時間がある時は、ブラックボードを休憩室に持ち込んでこそこそと色を重ねたり手を加えているようだ。


たまたま休憩が同じになって、床にぺたりと座り込んでチョークで色を塗っている彼の後ろ姿を眺める。

営業時間中に外に出していたはずのブラックボードをここに持ち込むのは、果たしていいことなのか。たぶんだめだよね。


私と二人で休憩室にいるっていうのに、彼は一人だけ違う世界へ行ってしまったみたい。
境界線みたいなものがくっきりと私と彼の間に浮かび上がる。

美大、といっても学科やコースはいくつもあり、それぞれ勉強している内容がまったく違う。
私のいる学科と彼のいる学科は、そんなに接点がない。
だからこそ感じる、彼の絵へのこだわりが理解できなかった。


「“美味しそう”以外になんて言えばいいのかなあ」

もやしや豚肉やキャベツなどを炒めて、ふわっふわの玉子で包む。一見オムライスみたいなとんぺい焼き。今月のイチオシメニュー。

リアルな絵だね!
今にもいいにおいがしてくるみたい!
湯気が見えてくるよ!

どれもこれも、陳腐な言葉。


イヤホンをして音楽を聴いているらしい睦くんは、こちらを気にもしていない。
そうやって外と自分を切り離して、絵に没頭する。
その姿は、ちょっと近寄りがたかった。





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