ひと雫おちたなら

私とよりを戻りたいと言いながらも、別ないい人を見つけるとか矛盾していて思わず吹き出す。
それが気に食わない浩平は、あからさまにいらだった様子でバン!と強くテーブルを叩いた。

一瞬、カフェ内のざわつきがやみ、いっせいに視線が私たちへと注がれる。
睦くんがカップを持ち上げてコーヒーをすする音が響いた。

注目を集めていることなどものともせず、浩平がわめき立てる。

「とにかく、俺は認めない!別れないからな!」

「─────あの」


睦くんが、ようやく自分から積極的にしゃべり出した。

それも、先ほど浩平がしていたような態度で。
腕を組み、脚を組み、面倒くさそうな表情を浮かべて。


「このしょうもない話し合いを早く終わらせたいので、言いたいこと言ってもいいですか?」

「む、睦くん!」

こらっ!短気な浩平になんてことを!

「だってこの人、ゆかりさん以上に面倒だよ」


私のどこが面倒なんだよ、という文句は飲み込み、怒りに打ち震える浩平をちらちらと見る。
言い返してこないあたり、怒りのゲージにまだ少し余裕があるのか。

「まず、あなたが言ってるゆかりさんとの恋人関係は、あなたが浮気をした時点で破綻してますよね?ゆかりさん自身があなたを拒否しているんですから、それを認めてください。……みじめなことにも気づいてください。どれだけゆかりさんが傷ついたと思ってるんですか?」

ほとんど空になったコーヒーカップを少し脇によけた睦くんは、話しながらなにやらポケットから財布を取り出し、ゴソゴソ手を入れる。

「よりによってゆかりさんの友達に手を出してる時点で相当ゲスいですよ。あと、彼女の部屋をラブホ代わりにしたのも人としてどうかと。そんな人とこれからも付き合いたいってなりませんよ、普通」

千円札を取り出して、テーブルに置いた。

「絶対に浮気なんてしませんから付き合ってくださいと彼女に先にアプローチしたのは俺です。なにも問題ないでしょ?これ以上、無意味な話し合いを続けても平行線なので、諦めていただけませんか?…というか、諦めてください。……はい、俺たちのコーヒー代。俺とゆかりさん、これからバイトなんで。失礼します」


ぽかんと口をあけたまま、立ち上がった睦くんを見上げている浩平。
数倍にして返してくると思ったのだが、呆気に取られているらしい。

同じく唖然としている私の腕を引っ張り、睦くんが「行こう」と促してきた。

慌てて立ち上がる。

「みっともないって思われたくないなら、この話はこれきりでお願いします。では、失礼します」


去り際に畳みかけた睦くんに浩平は投げやりにうなずき、分かったよ、とつぶやいたのはかろうじて聞き取れた。

< 31 / 62 >

この作品をシェア

pagetop