ひと雫おちたなら

同じ大学…って言っても学科が違うのはたしかだ。

おそらく彼は─────

「俺は油絵専攻だけど、そっちは?」

ほら、やっぱり。
絶対そうだと思った。
美術系の学科にごろごろいそうな雰囲気だもの、彼。


「情報デザイン」

「なら会うわけないか」


肩をすくめてふっと笑った彼は、本人曰く完成していないという絵が描かれたブラックボードを担ぐと

「これ外に出しておきます」

と小塚店長に声をかけると部屋から出ていった。


「……ちょっととっつきづらいけど、いい子なのよ、彼」

作り笑いでこの場をフォローしようとしている店長のよそよそしさに、私はピンときた。
わりと勘がいいので、言いたいことをくみとるのが得意だったりする。

「私、こう見えてけっこう図々しいので大丈夫です」

「ほんと?…じつは睦くんにゆかりちゃんの教育係をお願いしようかと思って……」

ですよね、そんな予感はしました。

「学ばせていただきます」


果たして彼は、あんなだけど愛想よくお客様に対応できるのだろうか?





心配は無用だった。

というか、彼は特殊だった。

どう考えても決して愛想はよくないのだが、なんと言えばいいのか、とにかく無駄のない接客具合だったのだ。


「ちょっと待ってー、えっと、やっぱり生は四つで、それから?ハイボールは何人?」

「はーい」

「俺も俺も」

「俺も!あ、やっぱコークハイ」

「やっぱり生やめて、カシスオレンジ!」

「あ!生二つ追加で!」

「誰か頼んでないひとは?いる?」

「ていうかジントニック頼んでくれた?」

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