キミに降る雪を、僕はすべて溶かす
離れてた指がまた絡まり、ミチルさんに手を引かれ、ゆるい歩調で歩き出す。
どの角度からでも絵になる横顔を気にしながら、陽射しを受けてちらちら煌めく水面が視界の端に映り込み。彼の言葉の先をあたしは黙って待った。

「・・・りっちゃんが4歳くらいの話かな」

気持ちを調えたように、ミチルさんが静かに話し始めた。
あたしが4歳。だったらお兄ちゃんは小学二年生の頃だ。

「夕飯の買い物だったのか、隆弘とりっちゃんは、連れられてどこかのスーパーにいたそうだよ」


外は陽も落ちて薄暗い、凍えそうに寒かったある日の夕方。
お兄ちゃんは、小っちゃな妹の面倒を見るお駄賃代わりに、お菓子売り場で好きなお菓子を一つ選んでいいと言われ、夢中になってどれにしようか、あれこれ悩んだ。

そのころ大人気だった特撮ヒーローの、オマケ付きの箱菓子を手に、まだ足取りが覚束ないあたしを引っ張って、母親の許に戻ろうと店内を歩き回る。
自分より背の高い棚が並ぶ通路や、冷蔵装置が効いて肌寒い売り場を行ったり来たり。
必死になって見覚えのある服の色を頼りに、だけど探しても探しても見つからない。

自分がお兄ちゃんなのに、大声で母親を呼んで回るなんて恥ずかしい。出来ない。
外で待ってるのかも知れないとやっと思い付き、片手にしっかりお菓子を握り、もう片方に妹の手。急かしながら、他のお客の後に続いて自動ドアをくぐる。

目の前には、だだっ広い駐車場。キョロキョロ見回しても、自分が乗って来た車の見分けもつかない。途方に暮れながらも、探しに行こうと足を踏み出しかけて、目の前を白い何かが降って落ちるのに気が付いた。

上を向くと。誰かが真っ暗い夜の天井から振りかけてるみたいに、雪がどんどん落ちて来る。このままじゃ、全部が真っ白になって帰り道が分からない。
言い知れない不安と恐怖と心細さで立ち尽くしてるうち、妹も何かを感じ取って泣き出した。

どうしたの、と優しく声をかけてくれた大人に、『おまわりさんに、おかあさんを、さがしてもらおうね』と言われて、自分達は“迷子”になったんだと唇を噛みしめた。


・・・そんな昔話を珍しく零したお兄ちゃんは。どこか淡淡として、感情が読めなかったと、ミチルさんは少し遠い目をした。
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