キミに降る雪を、僕はすべて溶かす
7-2
サッカーグランドなら1個半ほどの大きさの池を、ぐるりと囲んだ桜。
落ちた薄紅の花びらは点描のように、深緑色の水面にたゆたってた。

ひときわ幽玄に咲き誇る立派な大樹の下で足を止め、並んで水辺の桜を眺める。
しばらくしてミチルさんの口から「隆弘はね」って唐突な言葉が零れて、横を振り仰いだ。

「・・・本当は、桜はあんまり好きじゃなかったんだよ」

思わず。目を丸くする。

「エッ・・・?! ほんとに?!」

だってお兄ちゃん、花見も率先して連れてってくれたよね?! 気分良さげに缶ビールもチューハイも、勢いよく呑みまくってたよね?!

信じらんない、って表情で見返せば、困ったみたいに苦そうに、口の端を歪めて笑むミチルさんがいた。

「花見は嫌々ってわけじゃなかったけどね。りっちゃんが毎年たのしみにしてたし」

「てゆーか! 初耳すぎてビックリしたぁっ。ぜんぜん知らなかったもん!」

両頬に手を当てて、ムンクの叫び。

「あいつが雪が嫌いなの、知ってるでしょ」

「え? あ、うん」
 
話が繋がらずに、きょとんとしながらも相槌を打つ。
昔っから雪が降ると、心底嫌そうにテレビの天気予報に向かって毒づいてたなぁ、お兄ちゃん。
おかげでスキーもスノボも、生まれてから全くの未経験。スケートすらやったコトがない。

「花びらが散るのが雪に似て、嫌でも思い出すから桜は好きじゃないって。高校の入学式の時だったかな、隆弘がね」

「思い出すって・・・なにを?」

「・・・・・・りっちゃんは憶えてないだろうって、言ってた」

ほんの僅か、ミチルさんの眸が翳ったのを。

「聴きたい、どんなことでも」

眼差しに強さを込めて、見つめ返す。

お兄ちゃんは、いつもそうだった。
能天気に明るく笑い飛ばして、どうにかなるって。
心配ごと抱えた暗い顔なんか、これっぽちも見せたことがなかった。

そういうのを全部、背中に隠して。隠したまま逝って。
妹に弱音なんか、吐けるハズなかっただろうけど。
今さらでも、少しくらいあたしに別けてよ。

真っ直ぐにそう思った。
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