キミに降る雪を、僕はすべて溶かす
車通勤のミチルさんは、普段はだいたい8時すぎに帰ることが多い。課長職は残業手当も付かないし、自分が残ってると部下が帰り辛くなるから、さっさと切り上げてくるんだそうだ。
時どきこうして家に持ち帰ってる仕事は、その気遣いの産物なのかなと思う。
ミチルさんの下で働いてる人たちは、ラッキーだなぁ。良識も常識も美貌も備わってる完璧な上司で。
ポットのお湯でドリップ式の珈琲をマグカップに落としながら、自分までニヤけてたら。

「・・・良いことでもあったの?」

「ひゃっ・・・!」

頭の上でいきなり声がしたから、びっくりして躰が小さく跳ね上がった。

「ミチルさ・・・、脅かさないで~っ」

「ごめんね。りっちゃんが一人で楽しそうだったから、つい」

横に立ったミチルさんがクスクス笑ってる。
うー。変なトコ見られた。

「何でもないから。ちょっと妄想してただけっていうか、気にしないで?」

「そうなの? ・・・てっきり今日の飲み会で、誰かに口説かれでもしたのかと思って」

あたしからマグカップを受け取り、上から視線を傾げたミチルさんの眼差しはどこか。射るように刺さる。

「無いよ、そんなの。羽鳥さんて営業さんと、吉井さんと三人だけだったし、羽鳥さんは吉井さんが好きって言ってた」

あっけらかんと言ったら、ちょっと目を見張って。それから「ふぅん」て、一瞬考え込む仕草。

「りっちゃんのことも、可愛いって言った?」

「えっ? あー、まあ」

「もし二人で会おうって誘われたら、まずは僕に報告だよ? 勝手に会わないこと。いいね?」 

ぶんぶん。首を縦に振る。誓ってそんなことは、致しません。

だって。
ミチルさんの眼、死ぬほどコワイから。

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