12月の春、白い桜が降る。

今朝目を覚ましてすぐ、私は涙を流していた。


「忘れた…」


記憶が消えた。愛していた人の。

見ていると、心臓がドキドキ鳴っているのが自分でもよくわかるくらい、好きだった。

私は、そんなにも愛した人の顔も、声も、仕草も、何もかも全て忘れた。

昨日、どこかへ行った気がする。
でも、ずっと病院にいた気もする。

私の余命は残りもうあと僅かで、私が生きていく理由も、こじつけもわからない。

悔しくて、泣いた。

忘れたいわけじゃなかった。

今すぐにでも思い出したい。
ほんの昨日まで覚えていたのに、今日の朝、そこの部分だけくり抜かれたようにはっきりと忘れた。

自分が惨めで、最低で憎んだ。

簡単に忘れてしまった自分の頭を。

あの人のことを忘れるくらいなら、記憶のあるうちに死んでおけばよかったのかもしれない。

もしかしたら、その人は怒るかもしれないけど。
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