12月の春、白い桜が降る。
「ひなたは今、少しづつ、周りの記憶が薄れていってる。

いずれ、私やようくんのことも、忘れてしまう。

だから、ごめんなさい。もう、ひなたには関わらないで。

ひなたのことは、私たち家族に任せて。」

彼女の母のどこか苦しそうで安心しているような声を、
僕は固まったまま耳の中へ無理やり入り込ませた。

僕は彼女の母の表情を見て、何も言えなかった。

何も、言えるはずもなかった。

僕より何年も前から彼女を大切に思っていて、
僕が一度は忘れた、彼女のことをずっと、誰よりも近いところで見守り続けていたのだ。

そんな人から、こんな表情と今にも泣きそうな声で告げられたら、

何も言えるはずもないじゃないか。
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