月之丞の蔵
苦しい言い訳を口にしながら、その香りにドキッとする。……この甘くて爽やかな香りは、いつも夢で嗅いでいた香りだ……。

月之丞は、魂の力を強める力があるから、と、白檀のお香を持ってきて焚くように私に頼んだのだ。だけど、本当に魂を強めるのだろうか? なにか、嫌な予感がした。

翌日、白檀の香を携えて地下室へ行くと、月之丞が待っていた。

「そう、その香だ。よく持ってきてくれたな。さあ焚いてくれ」

 私はお香とライターを取り出しながら、疑問を口にした。

「ねぇ。これって本当に、魂の力を強めるの? 雪さんの着物に焚きこめてあったし、雪さんが去る時もこの香りがしたし、何より……月之丞が捕まった時も、この香りがしたと思うんだけど」

月之丞の顔は穏やかに微笑んだままだ。

「ああ、魂の力をすごく強めるんだ。雪は病弱だったから、その香を着物に焚きこめさせた。雪がここを去る時の香りも、きっと長い移動に耐えられるように焚いたものだ。俺が捕らえられた時は、庄屋の男衆達の魂の力を強めるために、焚いていたのだろう」
「……本当に?」
「本当だとも。さあ早く焚いてくれ。でないと俺は消えてしまう」

 実際に月之丞の輪郭がぼやけ始めたので、私は慌ててお香に火をつけた。火をつけては、香炉に並べていく。白檀の甘い香りが立ちのぼる。

「雪、ありがとう」

頭の上から、柔らかな声がした。私はお香を置き、立ち上がる。

「どういたしまして。ね、東京に行ったらやっぱりまずは服買わなきゃだよね。渋谷とかでいいかなぁ。月之丞はカッコいいから注目されるんだろうなー。ああ楽しみっ」

月之丞は薄日がさすような微笑を浮かべている。私も嬉しくなって口の端がふわりと浮き、笑顔になった。

「……え?」

 それが見えた瞬間、身体がこわばった。月之丞の笑顔の向こうに、地下室の階段が見えるのだ。
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