打って、守って、恋して。

─────後日、私は新聞のコラムを何気なく目にして驚愕していた。




『将棋に選ばれなかった男が、自ら将棋を選ぶまで━━━━━棋士・湊純志朗の繋がりと感謝の軌跡』

“歓喜、絶望、勝負の世界である将棋界には至るところでドラマが生まれる。

昨年も将棋界、そして将棋ファンを沸かせたドラマがあった。その中心にいたのは、ひとりのサラリーマン、湊純志朗。

日本将棋連盟のプロ棋士養成機関・奨励会を二十六歳で退会となり、一度は絶望を味わった彼を、あらたな環境での出会いがふたたび奮い立たせた。湊四段はなぜ一度は捨てた将棋盤ともう一度向き合うことに決めたのか? 挫折から再起への歩み、そして彼を支えた棋界や職場の人々への想いを聞いてきた。”



……ここまで読み進めて、興奮のあまり新聞の端っこをぐしゃっと握りしめてしまった。
一枚だけ掲載されている写真には、紛れもなく数日前に一緒に野球観戦し、飲みにまで行ったあの人が載っている。


「ちょ、ちょちょ、ちょっと!ちょっと!見てください!淡口さん!ねぇ!見て見て!」

最後あたり上司に対してタメ口になっているというのに、当の淡口さんは気にする様子もなく伝票を見ている手を止めて「どうした?」と顔を上げた。

この事務所のメンバーで、将棋に詳しそうな人物といえば淡口さんくらいしかいない。沙夜さんは駒の名前も読めなそうだし、翔くんにいたっては将棋とオセロとチェスと囲碁は全部同じものだと思っていそう。

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