大江戸シンデレラ

「……されども、旦那さま」

美鶴は背筋を正して、夫に向き直った。

「どう云う経緯(いきさつ)がござったのかは存じませぬが、わたくしは玉ノ緒と違って、武家である島村の家に身を寄せていた折、短い日々ながらもこれより『武家の妻女』として生きていくための教えを受けてござりまする」

(さと)言葉を消して「武家の娘」になりきらねば命に関わると思うて、武家の言葉を必死で覚えた。

所作一つとっても、(くるわ)育ちの品をつくって酔客を()きつける仕草がおのずと染み付いていて、指南役の刀根(とね)から一つ一つ直された。

針を持ち始めた頃は、とても見られた縫い目ではなかったが、今ではすっかり目も揃い、ようやく浴衣はおろか(ひとえ)の着物も縫えるようになってきた。

「武家は町家とは異なり、縁組は御家(おいえ)同士のものにてござりまする。
それに、すでに玉ノ緒は町家の淡路屋に身請けされて、跡取り息子の妻になっておりまする。
……あ、だからとは云え、(めかけ)になさるのもお()しくだされ」

美鶴は流れゆく水のごとく淀みなく続ける。

「与力の御役目は、代々続くものではないと聞いておりまする。
ゆえに、虎視眈々とその御役目を狙う者から、松波の御家が足元を(すく)われかねませぬ。
また、もしも御奉行様の御耳に入らば、松波の御役目に障りが出るやもしれませぬ」

そして、兵馬の目の前で三つ指をついて告げた。

「どうか……御家のために、玉ノ緒をお諦めなさりませ」


廓の(おんな)の仕草は何処(どこ)にもなく、まさしく「武家の女」の所作であった。

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