大江戸シンデレラ
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二階の座敷では、今宵の客人たちに酒と御膳がふんだんに供され、つい先刻(さっき)まで太鼓持ちの幇間(ほうかん)が座を盛り上げていた。

そして今は、(よわい)十五ばかりの女子(おなご)が、客人たちをもてなすために舞を踊っている。

身に(まと)う真っ赤な振袖の、ぴらぴら(・・・・)して扱いづらい(たもと)や、脚に絡みつく長い裾にもかかわらず、酒井抱一による四季折々の風物を描いた屏風を背に、芸者衆の唄声(うたごえ)とお三味(しゃみ)()に合わせて、初々しくも(たお)やかに舞っていた。


「……のう、羽衣(はごろも)
あの振新が……胡蝶(こちょう)の忘れ形見か」

宴を愉しむ客人の中でいちばん位の高い、御公儀(幕府)のさるお偉方が目を(すが)めつつ問う。

座敷には()べても、決して手を出してはならぬ振袖新造(振新)は、一目でそれとわかるよう、真っ赤な振袖を見世から与えられている。

「さようでありんす。
いずれ、胡蝶の(あね)さまのような舞の上手(じょうず)になりなんし」

隣で一緒に眺めていた、羽衣と呼ばれた昼三(ちゅうさん)が、朱羅宇(しゅらう)煙管(きせる)(たばこ)をひと呑みしたあと、答える。

久喜萬字屋は今、代替わりの時期で「呼出」がいないため、本来ならば二番手である昼三が(くるわ)の最高位だった。

「名は何と申すか」

正面の舞を見たまま、左手でついと(さかずき)を持ち上げると、脇に控える十歳(とお)ほどの禿(かむろ)が、すすっと出てきて酒を酌する。

羽衣もまた正面の舞から目を逸らさず、手にしていた朱羅宇の雁首を、膝の横に置いた莨盆(たはこぼん)の灰落としにカンッと(はた)いて、灰を落とす。


「『舞ひ(まい)つる』と、名付けられなんし』

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