大江戸シンデレラ

しかしながら、だれも見ておらぬ際にはふと気が緩むのか、自(おの)ずと漏れ出るため息だけは止められなかった。

——詮(せん)なきことでなんし。

もともと、兵馬は仮初(かりそめ)に吉原の御役目に就いているだけで、いずれは奉行所の任に戻っていく「雲の上のお方」である。

「下界」に降りて、戯(たわむ)れに目についた妓(おなご)の幾人かと逢瀬を重ねるのは、なにも兵馬に限ったことではない。

お武家の男(おのこ)とはそういうものだ。

玉ノ緒が貞操を守らねばならぬ振袖新造(ふりしん)であったため、手は出していないようであったが、ほかにも逢瀬を重ねる妓がいたなら、はてさてどうであろう。

舞ひつると逢わなくなってもさして気にも止めず、今頃何処(どこ)ぞの妓としっぽりと「逢引」しているかもしれない。

元より、武家にとって吉原(さと)の妓など、人の数にも入らぬのだ。


——あれほど、姉女郎たちから口を酸っぱくして云われなんしていたのに……

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