それは誰かの願いごと
わたしの反応をどう捉えたのか、白河さんが急いで浅香さんの詳細を説明してくれる。
「あ、浅香さんていうのは、同じ営業部の女の人で、戸倉さんと同期なの。それで、今度浅香さんのヨーロッパ方面への異動が決まったんだけど、それを機に結婚することにした…って、教えてもらったの。数日中には社内メールにも載るらしいんだけど。でもだから、同じ課から続けざまっていうのは、戸倉さんも避けると思うの」
「そう……なんだ。浅香さん、……有名な人だものね。きっと、社内で大騒ぎになるね」
心を奮い立たせて、絞り出すようにして、世間話のひとつを装った。
わたしも白河さんも、あまり人の噂話で盛り上がるタイプではないけれど、戸倉さんと付き合っている白河さんには間接的に関係のある話で、わたしは、”聞きたくない” という思いを堪えなければならなかった。
実のところは、胸が苦しくて苦しくてしょうがなかったのに。
「でもそういうわけだし、わたし達は別に、すぐそういうことになるわけじゃないから……」
白河さんの言い訳のような説明が、なんだか遠ざかって聞こえてくるようだった。
それから当たり障りのない会話を二、三ラリーして、お互いの目的部署に向かうため、わたし達はわかれた。
ひとりになると、わたしは化粧室に立ち寄り、誰もいないのをいいことに、深く、長い、大きなため息を吐き出した。