それは誰かの願いごと




定時より少し遅れて社を出たので、自宅最寄り駅に着いたときは、辺りはすっかり暗くなっていた。

自分の気持ちが沈んでいると、目に入ってくる風景も色褪せて見えてしまうのは当然で。
マンションへと歩く途中、騒がしい店の前を通ったときでさえ、その光景はくすんで映って、通りの反対側の病院へ入っていく緊急車両の音が、重たく落ちていく景色の中でやけに賑やかだった。

けれど、帰ったからといって気が晴れるはずもなく、ひとりきりの部屋でどん底気分に耐えなくちゃいけないのかと思うと、足どりも重たくなっていく。

ペットでもいれば気分転換できたのかな。
猫は気紛れだから、犬がいいかもしれない。なるべくなら小型犬がいい。わたしが膝を抱えているとき、ズボッと足の間から顔を出してきて、愛敬たっぷりに慰めてくれたらいいのにな……

そんなもしもの話を浮かべてしまうほど、わたしの心は疲弊していた。

いつもの1.5倍ほどゆっくりとした歩調のせいで、のんびりと角を曲がると、蹴人くんに待ち伏せされたマンションの植木が大きく目に入った。

そのとき、

「ぼくは猫も犬も好きやで?」

あの可愛らしい男の子の声が、背後から聞こえたのだった。







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