それは誰かの願いごと
横断歩道を渡るために駅方向に戻ると、さっきまでとは違い、人波の喧騒の中に埋もれそうになる。
色褪せてた風景は、今度は早送りされたように流れていって、それがさらに心を急き立てた。
そして大通りの横断歩道を誰よりも先に走り抜けたわたしは、総合病院の夜間受付に駆け込んだ。
「あのっ、諏訪郁弥です!さっき事故で運ばれたって聞いて、あの、」
走ったせいと、気が動転しているせいで、言葉をうまく運べない。
けれど夜間受付ではそういう人間の対応にも慣れているのだろう、冷静に、わたしを落ち着かせるような口調で説明してくれた。
「諏訪、郁弥さんですね。確認いたします。失礼ですが…」
「あ、わたし、同じ会社の者で、こちらの病院から一番近いところに自宅があるので、それで連絡を受けて……」
わたしと諏訪さんの関係を説明するのに、ぴったりな言葉が出てこなかった。
それほどに、私達の間は曖昧な関係でしかないのだ。
「大丈夫、大丈夫ですよ。落ち着いてくださいね。諏訪郁弥さんは、只今検査にまわられたようですね」
「容態は?あのっ、電話に出られないみたいなんですけど、意識はあるんですか?」
「申し訳ございません、それはこちらではお答えできません。緊急外来に医師がおりますのでそちらでお尋ねいただけますか?こちらが院内案内図です。どうぞお持ちください」
受付担当者が、赤いペンで現在地と緊急外来を丸く囲い、ルートを線で書いて知らせてくれた。
手早く記してくれてるのに、そんな時間すらもどかしく感じてしまう。
早く、早くと。
「ありがとうございますっ」
ひったくるように案内図を手に取ったわたしは、指定されたところに急いだ。
「あ、走らないでくださいね!」
後ろでそんな注意が聞こえたけれど、わたしは駆け足と速足の間くらいで廊下を進んでいったのだった。