それは誰かの願いごと




「うん。傷ひとつない」

戸倉さんが短く返す。

「………」

白河さんは、何も言わずにじっと諏訪さんを見ていた。

すると、ガラス窓の向こう、病室の中にいた医師と看護師がこちらに近付いてきて、ここと病室を隔てる扉を開いた。この扉は手動だった。

「こんばんは。諏訪さんのお知り合いですか?」

医師は穏やかな口調で尋ねてきた。その柔らかさは、およそICU集中治療室という場所とは似合わない雰囲気だった。

「会社の同僚です。それで、諏訪は?」

戸倉さんが答える。

「意識レベルの低さはお聞きですか?」

「ええ。骨折等はないものの、意識障害が残りそうだと……」

医師はガラス窓の中の諏訪さんに視線を移し、

「検査の結果、それにつながる要因は見つかりませんでした」

穏やかながら、険しい表情をした。

「それじゃ、いつ意識が戻るのかは……」

「分かりません」

医師と同じく厳しい顔つきで訊いた浅香さんに、医師は首を振って即答したのだった。

「そんな……」

白河さんは青ざめて、隣にいる戸倉さんが彼女の背中にそっと手を添えるのが見えた。


わたしは、彼らの姿が、話し声が、スーッと遠ざかっていくようで、まるで映画を観ているかのような感覚に見舞われて、やがて、視界が…………


オフになったのだった――――――



『――――――それなら、あとで、後悔せえへんようにしぃや。ほんまに言われへんようになって、手遅れになってから悔やんでも、どうしようもないねんからな?』




頭のどこかで、蹴人くんの声が響いていた。









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