それは誰かの願いごと




「えー?!あの二人付き合ってるの?」

退社時のエントランスで、よく通る女性の声に足が止まった。
この時間帯にしては人もまばらだったけれど、いっせいに声の主の彼女に注目が集まる。

「しーっ、大声出さないでよ」
「あ、ごめん…」

振り返ると、エレベーターホールから出てきた女性達が、コソコソ話を繰り広げている。二人ともうちの社員だった。

わたしはなんとなく予感がしたけど、特に意識してない顔をつくっていた。
すると、二人のうち片方の女性社員が何気なくこちらに視線を流し、ばっちり目が合ってしまった。

「あ……」

思いっきり気まずそうな彼女の反応に、わたしは自分の予感が的中したのだと悟った。

もう片方の女性社員もわたしの存在に気付き、二人は「お疲れさまです」と小声で言いながら、足早にエントランスを出ていったのだった。


わたしは一連の流れをただ眺めていただけで、それでもフゥ…と、ため息をこぼしてしまう。

あの二人が噂してたのは、おそらく、わたしと諏訪さんのことだろうから……



諏訪さんはいくつかの検査と少しのリハビリののち、退院して自宅療養となっていた。
すぐにでも仕事復帰を希望した諏訪さんだったけれど、会社側がそれを許さなかったのだ。
それに、体の快復以外にも保険関係や警察関係、事故を起こした側の弁護士とのやり取りなど、あれこれ手続きがあったので、結局諏訪さんは事故以来まだ一度も出社は叶っていなかった。

それにもかかわらず、社内には、わたしと諏訪さんの噂が広がっていた。

誰が発信源なのかは定かではないけれど、考えられるのは、諏訪さんのお見舞いに来ていた人達だろうか。わたしだけが諏訪さんと面会できることを社内の人間との話題にあげて、それらが発展していった……そんなところだと思う。

わたしにまで確かめにきた人はまだいないものの、一度だけ、白河さんから、そんな感じの噂が流れてるらしいと教えてもらったのだ。







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