それは誰かの願いごと




ふわり、と、何かが頬を触ったような感覚がして、意識が浮上した。

同時に瞼が開き、最初に目に入ったのは、自分のものではない誰かの手のひらだった。
ほどよい肉感に、ゆるく曲げられた指も含めて、わたしの手よりもずっと大きい。

わたしはぼんやりと、一度だけ大きな瞬きをした。
部屋の中は暗いものの、開き放たれた扉からは廊下の明かりが入っていて、視界は明瞭だ。

そして背後からは、わたしより若干高めの体温と、規則正しい寝息が聞こえていた。

その息がわたしの首筋に当たると、うっかりさっきまでの熱が蘇ってしまいそうで、わたしは無意識のうちにクッと唇を噛んでいた。


恋人とはじめて越える夜は、どうしても気恥ずかしい。
けれどわたしの中では、初々しい気恥ずかしさよりも、自分になにか粗相がなかったか、そんな気がかりばかりだった。

こんなときにまで、あの悪い癖が出てきそうになるのだ。

わたしは急いでほっぺたをつねった。
すると

「ん……」

わたしが動いたせいか、郁弥さんも後ろで身じろぎした。
目の前にあった大きな手のひらがギュッとわたしを抱き込み、反対側からも長い腕がまわされてくる。
それから肩口に温かくてやわらかいものが押し当てられ、チュッと小さな音をたてた。






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