それは誰かの願いごと




「……っ」

一瞬、郁弥さんも起きたのだろうかと息をひそめて反応を待ったけれど、すぐにまた寝息が聞こえてきた。

肌にダイレクトに感じる郁弥さんの吐息は、今のわたしにはあまりにも刺激が強くて、どうにか体をずらしたいのに、郁弥さんの腕の力が強くてそれがかなわない。

右によじったり、左向いたり、何度か試したもののどうにもできなくて、仕方ないかと諦めたわたしは、結局、静かに郁弥さんのぬくもりを独占することにした。

すると、さっきまでは刺激的に感じていた郁弥さんの息遣いが、少しずつ変わっていく気がした。
その体温と寝息に包まれていると、不思議と、今さっき頭を出しかけていた悪い癖が溶かされていくようだったのだ。

不安とか、心配とか、そういう感情がなくなったわけではないのだろうけど、まるでそのひとつずつに柔らかい膜が被せられたような、そこにある角という角がぜんぶ削ぎ落とされたような感じがした。
郁弥さんの笑顔と触れ合ったときにも似たようなことが起こるけれど、どこか違っているような感覚もあった。

ギュウッと郁弥さんの腕の中に強く囲われて、本当はちょっと苦しいはずなのに、とんでもなく居心地がよくて、ずっとここにいたい、すっとこうされていたいと思ってしまう。

体温の交換は、明らかなかたちで、わたしの気持ちに変化を与えてくれたのだった。








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