それは誰かの願いごと
「あんな恥ずかしいところを見られてたなんて……」
恥ずかしさのあまり、今、すぐそばにいる郁弥さんの目を見られない。
すると郁弥さんは肘を立てて、わたしの頬を両手で挟んできた。
「恥ずかしくなんかない。あのときのみゆきに、オレは惹かれたんだから」
分かった?
念押しのように問われて、わたしは反射的にこくりと頷いた。
その反応に、満足した様子の郁弥さん。
そして掛け布団を捲り、中に入ってくると、今度はしっとりとわたしを抱きしめた。
「あのときのみゆきの言葉と笑った顔が、ずっと忘れられなかった。こんなに、オレよりずっと年下の女の子なのに、『これがわたしなんだから、しょうがない』と笑える強さを持っていると思って、その強さに、強烈に惹かれたんだ。オレは自分の言葉や態度が相手にどう受け取られるのかを気にしすぎるあまり、目の前で転んだ女の子を助けもしなかった。そんなオレに、『これがわたしなんだから、しょうがない』その言葉が、すごい勢いで刺さったんだよ。だからきっとオレは、そのときから、ずっとみゆきに憧れていたのかもしれない」
「そんな……」
郁弥さんがわたしを好きだというだけでも信じられないのに、まさかわたしに憧れてただなんて、信じられないをはるかに越えて、おこがましい。
「そんなの、たまたまそのときはそう言ったけですよ。今もお話ししたように実際のわたしはどうしようもないくらいのネガティブなんですから……」
あの日は入社式の帰り道だということもあって、どこか通常と違うテンションがあったのかもしれないし、そんな一時的な言動は、本来のわたしではないのだから。
ところが郁弥さんは、まるでわたしに反論の時間を許さないかのように、サッと唇を重ねてきたのだ。