それは誰かの願いごと
すると、わたしの躊躇を察知してくれたのか、女性自ら話してくれた。
「ああ、私もそんな病気じゃないのよ?私はね、血圧が高めだから、定期的に通ってるの。家からはちょっと遠いんだけど、娘がここで働いてるから先生方とも顔見知りなのよ。近くの全然知らない病院よりいいでしょ?」
女性はアハハッ、と歯を見せながら、わたしの隣に腰をおろした。
わたしはこの女性に、あの朝と変わらない、いい印象を覚えた。
けれど、女性が『娘』と言ったことで、あの朝の会話も思い出したのだった。
「娘さん…て、あのとき蹴人くんにお願いしてた、あの娘さん、ですか?」
これもプライバシーに踏み込み過ぎかなと思ったけれど、蹴人くん絡みとなると、聞き逃すことはできそうになかった。
女性は「そうそう」と思い出したように頷いてみせる。
「あの男の子、蹴人くんっていったかしら、あの子に娘のことをお願いしてから、なんだかいい方向に変わっていってるみたいなのよ。もしかしたら本当にあの子が私のお願いをかなえてくれたのかもしれないわね」
この女性は、きっとあれ以来蹴人くんとは会っていないのだろう。
だから、蹴人くんのことを普通の男の子だと思っている。
よもや、あんな小さな男の子が自由に姿を現したり消したり、人の心の中を読んだり、そんな不可思議なことができるとは夢にも思わないだろう。
そしてたぶん、それはあの朝一緒にいた派遣会社の安立さんも同じはずだ。
以前社内で会ったときの話した感じでは、蹴人くんとはあの朝一度しか会ってない様子だったもの。