それは誰かの願いごと
大路さんの自宅はコインパーキングからさほど遠くない、品のある低層マンションだった。
オートロックのゲート外だというのに高級感ある空間が続いていて、すれ違う住人もなく、そこには静謐が広がっていた。
なんとなくだけど、小さな子供が走り回る光景をイメージしにくい雰囲気があった。
わたしがインターフォンで大路さんの部屋番号を打つと、つないでいる蹴人くんの指が、ピクリと細かく動いた気がした。
もしかしたら、蹴人くんなりに緊張しているのかもしれない。
大人びているし、普通の子供じゃないけれど、お父さんとお母さんに自分の言葉を伝えるという、今までとは違う状況に、いろいろ思うことがあるのだろう。
わたしは ”大丈夫だよ” という意味をこめて、きゅっと手に力を加えた。
すると蹴人くんはちょっとビックリしたようにわたしを見て、でもニコッと笑ってくれた。
《――――はい》
「こんにちは、和泉です」
《みゆきさん!いらっしゃい。今開けるわね》
いかにもわたしを待ってくれていたと分かる、歓迎のテンションが高めの大路さんは、わたしが病院ではじめて会ったときのような明るい大路さんだった。
あの日、亡くなった息子さんのことを打ち明けたときとはまるで違う声に、わたしは蹴人くんの反応が気になった。
けれど蹴人くんは笑顔をキープさせていて、わたしは、考えすぎる癖を頭の隅に追いやった。