それは誰かの願いごと
“命がけ” の意味が、ここにつながるのかと理解すると同時に、こんな小さな子供が “サヨナラ” を迷わず選んだことに、やるせない感情があふれてきた。
「ほらお姉ちゃん、お母さんに伝えてよ」
蹴人くんはケロッとしてるけど、わたしはそのテンションごとを大路さんに伝えることはどうしても不可能だった。
通訳のテンポが崩れたわたしを、大路さんも旦那さんも心配そうに見ていて、今か今かと続きを待っている。
大路さんはまだ自分を抱きしめていて、そんな大路さんに、蹴人くんが言ったことをそのまま伝えていいものか迷いが生まれて。
けれど、
「お姉ちゃん、これはぼくの “命令” や。なあ、お母さんに、ぼくが言ったことを伝えてくれへん?」
蹴人くんに催促されてしまう。
詳細までを聞いたわけではないけれど、蹴人くんの話から、ある程度の想像はできてしまうわけで、もしそれが正しいのであれば、それは………あまりにも悲しくて、残酷な出来事だ。
まだ躊躇いをみせるわたしに、蹴人くんはしびれを切らしたように言った。
「お姉ちゃん、ぼくの話をお母さんとお父さんに伝えてくれるってお願いしたやん!」
「そうだけど……」
「蹴人くん、オレがお母さんに伝えてもいいかな?お姉さんは、どうしても言いにくいみたいだから」
郁弥さんが見かねて助け船を出してくれた。
けれど蹴人くんは首を横に振った。
「別にお兄ちゃんでもええねんけど、ぼくが “命がけで大切な人” の話したんは、お姉ちゃんだけやから、お姉ちゃんに伝えてもらいたいねん」
あかん?
小首を傾げて訊いてくる蹴人くん。
わたしはその言葉を受け、躊躇いを払拭しなければと、ひとつ深呼吸をした。