それは誰かの願いごと




その日の残りの仕事は、自分でも驚くほど集中することができた。
少しでも思考に隙間ができてしまえば、超スピードであのシーンがよみがえってきそうで、必死で仕事をこなしていったのだから、当然と言えばそうなのかもしれない。

けれどその結果、追加の頼まれごとを請け負うことになり、わたしは二時間ほど残業して退社したのだった。


帰宅途中も、今日のできごとを思い返さないように、懸命に頭の中をどうでもいいことで満たしていた。
明日の天気とか、今夜のテレビ番組とか、耳に入ってきた人気アイドルのゴシップとか、前に立ってる人の名前と年齢を予想したりとか……

とにかく、あの二人の光景を頭から追い出すことができるなら、なんでもよかったのだ。


そうすると、努力の甲斐あって、自宅最寄り駅で降りた頃には、無理矢理にではなく、自然と、あの二人以外のことを考えられるようになっていった。

会社という、あの二人との共有エリアから離れたことで、少しは気持ちの方角も変わったのかもしれない。

もともと、片想いといっても、打ち明けるつもりなんか1マイクロもなかったんだし。
それに、諏訪さんが浅香さんと付き合ってるという噂は、もうずっと前に知っていたのだから。


そう、今更、なのだ。

……まあ、目の前で二人が ”恋人” をしているのを目撃してしまったのはショックだったけれど。
でも、前から分かっていたことなんだから、今更失恋とか嘆いても、ただの噂の答えあわせでしかないのだ。


自宅を目の前にして、わたしは心が強気になっているのを感じた。
もちろん、世間一般的にはそれを ”空元気” と呼ぶのも知っている。
でも今は、考えすぎる超ネガティブな悪癖が出るよりはマシだと思っていたのだ。









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