それは誰かの願いごと
いつもと変わらない、駅から自宅へ戻る道。
コンビニや飲食店、マンションが続いているので、人通りもあるし、夜の一人歩きも問題はない。
大きな通りの反対側には救急指定の総合病院もあるから、もしものときも安心だ。
就職してから住みはじめた街だけど、毎日通る道はもうすっかりホームであり、どこかが違っているとすぐに気付くほどだった。
今日も、どこも変わらない、わたしの日常がそこにあって、賑やかな表通りを過ぎたあと、自宅マンションに向かう道を右に曲がった。
けれど……
少しだけ静かになった通りをほんの数メートル進んだところで、わたしは、ふと違和感を覚えた。
そこは、とあるマンションの玄関で、植木を下からのライティングで照らしているのだが、その植木のシルエットが、いつもと違っているように感じたのだ。
すると、その影が、ふわりと動いた。
え?と思った次の瞬間には、
「お姉ちゃん、お仕事おつかれさま!」
小さな子供の声で呼び止められた。
「え…?」
突然のことに、ギクリと体を竦める。
そして目の前を凝視してしまうわたしは、信じ切れない思いでその名前を口にしていた。
「……蹴人、くん?」
こんな夜遅い時間に、こんな場所に、蹴人くんは、あの朝と同じ、幼稚園の制服のような恰好で、わたしの前に現れたのだった。