オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

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***


「なぁ月子ねーちゃん、俺知ってんだ」
 唐突に掛けられた声に、髪を梳かす手が止まる。
「えー、なにが?」
 後ろを振り返れば、五歳下の弟の葉月が、私をニコニコと見つめていた。
 小さい頃はまるっきり女の子みたいだった葉月だが、高校生になってからグンと身長が伸びて、ずいぶんと男らしくなった。
 最近では、その横顔に亡くなったお父さんの姿が重なって見える事もある。そんな時はいつも、嬉しさと同時に、ほんの少しの寂寥感が胸を過ぎる。
 もちろんそれは、私が胸の内で思うだけで、決して葉月には伝えない。父の面影を知らない葉月に告げるべき言葉ではないからだ。
「ねーちゃんさ、同じバイトの日でも日によって気合の入り方が違うじゃん? 今日はさ、気合入ってる日。ねーちゃんのいい人が来るんだろ?」
 な!?
 続く葉月の言葉にギョッとした。
「やめてよ葉月、からかわないで。それに明彦さんは全然、そういうんじゃないから」
 別に後ろめたい事などないのだけれど、気付けばどうしてか早口で弁解していた。
 明彦さんというのはアルバイト先の弁当屋の常連客で、大学一年生の冬に出会ってから、もう三年近くの顔馴染みだ。
 けれど私と明彦さんの関係は、弁当屋の店員と客、それ以上でも以下でもない。会えばいつも挨拶をして、商品の弁当と金銭の授受をしながら二~三会話を交わす。
 月末に、翌月のシフトを口頭で伝えるのはもう習慣。
 もちろん弁当屋が空いてる時は、更にもう少し会話を重ねる事もあるが、アルバイト以外の時間を共有した事はこれまで一度もなかった。
「へー、明彦っていうんだ」
 っ!!
 反芻された明彦さんの名前に、頬が勝手に熱を持った。
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