オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない



 ……今日は明彦さん、来られなくなっちゃたかな。
 店仕舞いを目前に、今日はまだ明彦さんの来店が無かった。明彦さんの来店は、日によって時間がまちまち。忙しい時間の合間を縫ってきてくれているのだろうと、容易に想像がついた。
 はじめて出会った日、明彦さんは卒業証書を手にしていた。その翌月からは、襟に弁護士バッジを付けた背広姿でやって来るようになった。
 ところが数か月前から、明彦さんの背広の襟から弁護士バッジが消えた。
 弁護士時代から仕立てのいい背広姿も、綺麗に整えられた頭髪も同じ。けれど少しだけ、日に焼けたように見えた。
 なんとなく気になって、水を向けた事がある――。

「明彦さん、少し日焼けしましたか? ふふふ、もしかしてバカンスにでも行かれたんですか?」
「いや、仕事柄なにかと外回りが多くなってな。新規開発予定となれば、俺が現地視察から交渉までの指揮を執らねばならん。今日もさっき成田に着いたばかりだが、明日からはまたシンガポールだ。親父がこうも人使いが荒いとは思ってもみなかった。家の中で見ているだけでは、人は分からんな」
 衝撃的な、超過密スケジュールに驚く。
 同時に現在、明彦さんがお父さまの経営する会社で働いている事を知る。
「お仕事、大変ですね。どうかご無理なさらないでください」
 しかも語られた内容からみれば、お父さまの会社がかなり手広い事業展開をしている事は間違いないと思えた。
「なに、こんなのは大変な内にも入ら、……いや。しいて言えば、なかなかここに来る時間が取れないのが大変か」
「明彦さん……」
 明彦さんは何でもない事のように答えかけて、途中でそんなふうに言い直した――。


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