オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

「いえ。あのお弁当は、中身が端に寄ってしまっていて」
「なんだなんだ。そんなのは構わんぞ。中身が容器の中で寄ってしまったからと、味はなんら変わらんからな。これをもらおう」
 明彦さんは鷹揚に頷いて告げると、自ら手を伸ばしてヒョイとのり弁を取り上げた。そうしてポケットから四百円を出して、私の手に握らせた。
 明彦さんのおおらかさが、私の目にとても好ましいものとして映る。数百円のお弁当、けれどお客さまの幾人かは、とても細かなこだわりをみせる方もいる。
 弁当が中で寄っていた、弁当容器からのりがはみ出ていた、おかずが小さい、これらを理由にした交換希望は実は少なくない。
「それから月子、あと十分ほどで閉店だろう? 降り出してきそうな空模様だ。公園前で車を待たせている、よかったら送っていこう。なに、ついでなんだ、遠慮はいらんぞ」
 明彦さんからの送りの申し出に、ドキリと胸が跳ねた。
「いえ、せっかくですが歩いて帰るのがもうすっかり習慣になってますから。気持ちだけ、ありがたく頂戴します」
 胸が跳ねた理由は単純で、私は軋む木造アパートの一室に一家六人が肩寄せ合ってひしめいて暮らしているのを、知られたくなかった。
 送られれば、襤褸アパートを見られてしまう……。
 明彦さんがそれを知ったからといって、私を馬鹿にするだとか、そんな事は欠片も疑っていない。ただ私が、知られたくなかった。
 そうこうしている内に、閉店の時刻を回る。
 私は残りの弁当を手早く纏め、今日の売上金を集計袋に詰め込んだ。
「……そうか。ならば無理にとは言わないが、ちゃんと傘は持っているのか?」
「はい、事務所に置き傘がありますから大丈夫です」
 しかし私が答えても、明彦さんはなかなか帰ろうとしなかった。私が閉店作業を進める姿をジッと見つめていた。
 私は閉店準備を終えると、制服の赤いエプロンと三角巾を外す。そうして豚汁鍋と残りのお弁当が入った袋、集計袋をのせた台車を押して店を出た。
「随分な大荷物だな。それを事務所とやらに運ぶのか?」
 私が、私物のトートバックから鍵を探していれば、背中から声が掛かった。
「え? あ、はい」
 見つけ出した鍵で施錠していると、明彦さんが横に置いた台車の持ち手をスッと取った。
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