オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

「俺も行こう」
 え!?
 言うが早いか、明彦さんは軽快に台車を押し、さくさくと進む。
「ちょっ、明彦さん!?」
「なに、このくらいはさせてくれ。月子が大荷物で、俺だけ手ぶらでは恰好がつかんからな」
 私の制止に、振り返った明彦さんは、白い歯を見せて笑った。
 明彦さんの爽やかな笑顔を前にすれば、物凄く忍びない。忍びないのだが……
「い、いえ。あの、事務所がこっちなんです。すみません!」
 やむなく事実を伝えれば、明彦さんがピタリと台車を押す足を止めた。
「そうか! 俺の方こそうっかりしていた、すまん」
 そうして振り返った明彦さんは、はにかんだような表情で、少し気恥ずかしそうに告げた。
「いえいえ! こっちこそすみません」
「いや、俺の方がすまなかった」
 私たちは何故か「すみません」の応酬を繰り返していた。それに気付いた私たちは、どちらからともなく、顔を見合わせて笑った。
「ふふっ、じゃあ明彦さん、事務所まで甘えさせてください」
「ふむ。本当なら事務所からの帰り道こそ、送らせて欲しいのだがな。とはいえ、月子の望まぬ行動に出るのは本意ではない。今日のところは引き下がろう」
 きっと、明彦さんは何気なく口にした。
 だけど次の機会を想像させる最後の台詞に、私は鼓動が速まるのを感じていた。
 大学一年生の冬に明彦さんと出会って、もうじき丸三年……。
 私の卒業と就職が、迫っていた。それが意味するのは、明彦さんとの別れ。
「そういえば月子、来月のシフトはもう出たのか?」
 私はあらゆる感情が巡って騒がしい胸に、そっと蓋をした。
「いえ、さすがにまだです」
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