オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない


 今は二月の頭。どんなに早くとも、翌月のシフトが出るのは中旬以降だ。
「そうか」
「だけど、三月中旬以降は毎日フルタイムで入りますよ」
「なんだと!? そんなに働いて、学業の方は大丈夫なのか!?」
 明彦さんは驚いたように、ガバッと私を見下ろす。
 もしかすると明彦さんの中で、私はいまだ初見に勘違いされた、児童のままの認識なのかもしれない。
 もちろん優秀な明彦さんが、私が大学生だと告げた台詞を忘れているとは思わない。けれどきっと、理解と認識というのは別なのだろう。
「はい。卒業式の後は、入社式を待つばかりですから」
 私の言葉に、明彦さんは目を見開いた。明彦さんは、まるで今はじめて知った事実だとでもいうように、動揺を隠せない様子だった。
「ふふっ。はじめてお会いしたのが、大学一年生の冬でした。あれから三年、私ももう今年で卒業です。四月から、私も社会人です」
「……ならば、弁当屋は?」
「三月いっぱいでお終いです」
「……そうか」
 長い、長い沈黙の後に、明彦さんはたった一言そう告げた。明彦さんの声は震えていた。
 もしかするとこの瞬間、明彦さんは私との別れを多少なり寂しいと、そう思ってくれているのだろうか?
 だとすれば、嬉しいと思った。
「では明彦さん、ここまでで、ありがとうございました」
 もう、事務所は目の前だった。
「……また来る。次は明後日、……いや、もしかすれば明日も昼なら顔を出せるかもしれん。また明日、来る」
 無理をしないでと、言うべきなのは分かっていた。
「待ってます。明彦さんが来てくださるの、楽しみに待っています。さようなら」
 けれど気付いた時には、自然とこんなふうに答えていた。
「ああ、また」
 別れの挨拶を済ませたはずの私たちはしかし、どちらも足を踏み出そうとしない。しばらく見つめ合い、頷き合って、そうして私たちはやっと踵を返した。



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