オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

18


 私の求めに応じて顔を上げた明彦さんは、真剣そのものの表情をして、手持ちの鞄から手帳とペンを取り出した。
「月子、すまんが二~三聞かせて欲しい。もし、答えたくない事があれば、それは答えなくて構わん」
 そういって明彦さんは、昨日トラブルになった女性客の事、取り消しになった内定先の事、それから私自身についても、幾つか質問を重ねた。
「女性は明彦さんのファンのようでした。女性の第一声は、明彦さんが通い詰めている弁当屋はここか、って確かこうだったと思います」
 女性との最初のやり取りを思い出しながら告げ、手元のオレンジジュースをひと口含む。
 コクリと嚥下して顔を上げると、向かいの明彦さんが、この世の恐ろしい物を全て寄せ集めたかのような凶悪な目つきで宙を睨みつけていた。
 え!?
 視界を掠めた顔面凶器にギョッとして、目を瞬く。
 そうして再び目線を向けた時、明彦さんの表情は常の涼やかさだった。
 ……あ、あれ? やだ、私ってば何か見間違いをしたみたい。
「それで、その後は?」
「あ、はい。確かその後は、販売台を蹴って凄まれて――」
 私は答えられる範囲で、丁寧に答えた。
 ちなみに私は、この日はじめて明彦さんに家庭環境を打ち明けている。これまでは恥ずかしさもあって、敢えて避けてきた話題だった。
 だけど今、隠したいとは欠片も思わなかった。
「母が旅館に住み込みで働きに行っているので、今は私が三つ子のお母さん代わりでもあります。母は春の行楽シーズンの後に、契約満了で戻って来る予定です。だからなんとしてもそれまでに、私はちゃんとした就職先を決めて、葉月を大学に行かせて、三つ子の進級準備を整えて、母にこれ以上負担をかけないようにしなくっちゃならないんです」
「そうか、よく分かった。ありがとう、月子」
 そうして全ての質問を終えた明彦さんはパタンと手帳を閉じると、会計伝票を手に席を立った。
「あ、明彦さん! 私の分は、払わせてください!」
 慌てて会計に向かう明彦さんの後を追う。
 けれど、いつも私の言葉に丁寧に耳を傾けてくれる明彦さんが、今は一切取り合ってくれない。
「月子、今日は付き合ってくれてありがとう」
 そのまま明彦さんはサッサとカードで支払いを済ませると、私を振り返って大きな紙袋を渡す。
「え?」
 反射的に受け取った紙袋は、腕にずっしりと重たい。
 ……なに、これ? 要冷蔵?
 見下ろせば、袋の中には大きな白い箱が二段に重なって入っていて、箱の上には要冷蔵のシールと、お早めにお召し上がりくださいの文字がある。
「それは弟達と食ってくれ。俺はこの後少し行きたいところがある。送ってやれなくてすまない。それからアルバイトと就職活動の件は、今夜中に必ず連絡を入れる」
 私が受け取ったそれに首を傾げていると、明彦さんはそう言い残し、颯爽と背中を向けた。
「あ、明彦さん! 今日はごちそうさまでした、それから、ありがとうございます!」
 私はハッとして、遠ざかる明彦さんの背中に、慌てて声を張った。
 明彦さんは振り返ると、大きく手を振って応えた。その姿が完全に見えなくなってから、私は貰った要冷蔵の大きな荷物を抱え、足早に家路についた。


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