オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

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***


 その日、十時から始まった新規プロジェクトの発足会議は、予定を僅かにオーバーし、十二時を回って終わった。
 月子には昨日、昼に行くと伝えてあったが、これからすぐにタクシーで向かえば約束を反故にせずに済みそうだった。
 ……ふむ、一時前には着けそうだな。急いで向かえば、一番人気ののり弁がまだ残っているやもしれん。万が一のり弁が完売でも、シャケ弁は買えるだろう。
 しかしひとたび一時を過ぎれば、どちらも絶望的となる。
「明彦君、昼飯はどうするかね? よかったら美味いイタリアンがあるんだが、一緒にどうかね?」
 会議室を出て、足早に弁当屋に向かおうとする俺の背中に、東日本統括部長が暢気に声を掛けた。
「すみません、昼はのり弁と豚汁と決めています。そののり弁も豚汁も、今は一刻を争いますので失礼します」
 丁寧かつ早急に述べると、俺は東日本統括本部長の横を、疾風の如く駆け抜けた。
「……営業本部長、明彦君が走って向かうほど美味いのり弁と豚汁なら私も食べてみたいね。どこの店だか知っているかい?」
「それがどうやら、会社近くではないようです。……あ、ほら」
 社屋正面でタクシーに乗り込む俺を、会議室前の廊下の窓から、東日本統括本部長と営業本部長が見下ろしていた。
「え!? 明彦君はわざわざタクシーで向かうのかい!? ……そんなに美味しいのり弁なら、今度是非とも連れて行ってもらいたいねぇ!」
「……東日本統括部長もお好きですねぇ」
 タワービルの上層階からの二人の会話は、当然俺の耳に聞こえてくるべくもない。しかし、断言できる。たとえ聞こえていたとしても、俺が月子の弁当屋に東日本統括部長を伴う事はあり得ない。


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