オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

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 公園の前でタクシーを降りると、俺は例の如く小銭を握り締め、一直線に弁当屋に向かった。
 ……うん? 疲れ目か?
 しかし弁当屋を前に、俺の足が止まる。何度か目を瞬かせてみるが、視界に映る景色は寸分も変わらない。それは弁当屋の店先に立つ人物にしても同様だった。
 俺の疲れ目でもなんでもない、弁当屋の店先では月子ではなく、かつて一度見えたダミ声の女性が店番をしていた。
 これは、あらかじめ月子のシフトを確認するようにしてから、はじめての事だった。
「いらっしゃい」
 俺が店頭に立てば、女性から声が掛かる。その声は前回と同じダミ声で、間違いなく同じ女性。
 けれど女性は前回とは打って変わって覇気がなく、消沈した様子が窺えた。しかもその目が、赤く充血していた。
「失礼、今日の店番は月子のはずですが、何か急な用事でもあったのでしょうか?」
 な!? なんだ!?
 俺が尋ねた瞬間、女性がホロホロと涙を溢れさせた。
「……アンタ、昔も見た顔だね。運野さんと親しいのかい?」
「ええ、月子とはもうかれこれ三年の付き合いになります」
「ぅぉぉぉおおおおおおおっっ!!」
 な、なんだ!?
 俺が是と答えた瞬間、女性は咆哮の如き雄叫びを上げながら、咽び泣いた。
「な、一体どうしたというのだ!?」
 突然の事に驚きつつも、俺は泣き咽ぶ女性を宥め、事の次第を問う。
「うっ、うぅぅうっっ、実はね――」
 そうして女性が涙ながらに語ったのは、耳を疑うような衝撃的なものだった。
「……そうか、よく聞かせてくれた」
 女性は店長とはいえ、個人で細々と弁当の売店を営んでいるに過ぎない。
 月子の解雇に関して個人的に思うところは多々あれど、目の前で泣き咽ぶ女性の立場を考えれば、仕方ないと納得も出来た。
「貴方は要求通り月子を解雇している。おそらく弁当屋の方にこれ以上、先方が圧力をかけてくる事はないだろう。だが万が一、来年度の契約更新で公園の運営が更に何か言ってきたら教えてくれ。その時は、俺の方で交渉にあたってみよう。それからこれで、鼻水を拭うといい。顎にまで伝っている」
「え……?」
 全て聞き終えると、俺は女性にハンカチと連絡先が記された名刺を差し出す。
 女性は垂れる涙と鼻水もそのままに、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、俺を見上げていた。
「ではな」
 俺は固まったまま動こうとしない女性の手にハンカチと名刺を握らせると、弁当屋を後にした。


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