オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

24


 私は一人、ホッと安堵の息を吐く。すると横で、葉月が小さく肩を揺らしているのに気付く。
 ニヤニヤと悪い笑みを浮かべる葉月の脇腹を肘先で突けば、葉月がうっと呻き声を漏らした。
 それを横目に見て、ほんの少し溜飲が下がった。
「さぁ、好きなケーキを召し上がれ!」
「「「はーい!」」」
 三つ子たちが思い思いのケーキを手に取って頬張る。
「おいしー! 俺、次はいちごショート食べる!」
「あぁ! 次郎がいちごショート取ったぁ!」
 三つ子たちは100円じゃないケーキに大喜びだった。
「ほらほら三郎、泣かないの。いちごショートならこっちにまだあるから」
「食べるー!」
 三つ子たちの幸せそうな笑顔に、私まで嬉しい気持ちになった。少なくともこの瞬間は、アルバイトの解雇も、内定取り消しも、私を悩ませはしない。
「あ、一郎! シャツにクリームこぼしてるよ?」
 あれやこれやと三つ子に世話を焼く私の姿を、葉月が静かに見つめていた。
「あれ? 葉月はケーキは?」
 ふと、葉月がケーキをひと口も食べていない事に気付く。
「うーん、俺は甘いのそんなに好きじゃないし、いいかな」
「あ、それなら葉月! チョコレートケーキがいいよ!? リキュールがきいててね、甘さ控えめの大人味だから!」
 え!?
 私がチョコレートケーキを差し出せば、葉月は真剣そのものの目で、ジッと私を見つめた。
「は、葉月?」
「……ねーちゃん、俺さ、ほんと不甲斐ないよ。ねーちゃんは俺の前じゃ、涙のひとつも見せてくんないから。俺じゃ、こんなふうにねーちゃんを笑顔にしてやる事は、出来なかった……」
 ポツリとした葉月の呟きには、やるせなさが滲んでいた。
 葉月からもたらされた言葉と苦渋の滲む瞳に、私は純粋に驚いていた。受験の真っただ中で、葉月自身、今が一番大変な時だ。その葉月が、私の事でこうも心を砕いてくれているとは、思いもしなかった。
 私は返す言葉に詰まった。
「悔しいけど、俺とねーちゃんの年齢差はどんなに頑張っても埋まらない。だけど俺だって、いつまでも子供のままじゃない。俺も春から、ねーちゃんが平日は講義、夜と休日はバイトしながら、不在の母ちゃんに代わって家事育児全部引き受けたのと同じ、大学生になる。俺じゃ全然頼りないって思うかもしれないけど、もっと家の事、一郎たちの事、俺を頼ってよ? まぁ頭の片隅にでも、置いといて?」
 葉月は更に、軽い調子でこんなふうに続けた。
「葉月……」
 見開いた目に、意思とは無関係に涙が滲んだ。
「よし! やっぱり俺も、せっかくだからチョコレートケーキ貰うわ!」
 葉月は笑顔でポンポンと私の肩を叩き、チョコレートケーキの皿を手に取った。
 葉月の横顔を眺めながら、胸には色々な思いが忙しなく巡っていた。いつの間にか、すっかり大人へと成長を遂げた弟の姿は、間違いなく頼もしい。
 肩の荷が下りたような、だけど少し寂しいような、不思議な思いだった。
 私はずっと、不在の母に代わって、私が頑張らなくちゃと気負っていた。
 ゴールの見えないマラソンを、一人で我武者羅に走り続けていたように思う。だけどもしかすれば、それは私の気負いが、勝手にそう見せていただけなのかもしれない。
「葉月、ありがとう。私、さっきの葉月の言葉、頭の片隅なんかで置いとかない。受験が終わったら、家の事も一郎たちの事も、ガンガンやってもらうから!」
「はははっ、オッケー! 任せといて!」
 私がケーキを頬張る葉月を突いて言ってやれば、葉月は目を丸くして、とても嬉しそうに笑った。
 つられるように、私も自然と笑っていた。
 ずっと心の中に持っていた、私が頑張らなくちゃという感覚。それが今は、家族皆で協力していこうと、そんな思いに取って変わっていた。
 厳しい状況は変わらない。だけど私の胸は、前向きで明るい思いで満たされていた。



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