オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない


 ……え?
 驚いて牧村チーフを振り返るが、牧村チーフは既にパソコン画面に噛り付くようにして、自分の仕事に集中していた。
 ……そうか。たとえそれが前日の穴埋めであったとしても、私が熟す仕事には、全て給金が発生する。
 これまでに、私も残務処理で残業を付けた事は幾度かあった。けれど、時間単位で早出をしたのは今回が初めてで、この早出に対して残業代を申請するという発想は持っていなかった。
 もちろん、私が勝手にやっているんだからこれに残業代はいりません、牧村チーフに対してそう主張する事はできる。けれど、そう主張する事自体が、仕事の完成度に対する甘えを助長するように思えた。
 私はパソコン上で勤退処理画面を立ち上げると、さっそく今日の欄に一時間の早出を入力した。
 ……これからは、一層精度の高い働き方をしよう。人間だから、もちろん漏れやミスはある。だけど、時間の中で持てる限りのパフォーマンスを発揮できるように、効率を心がけて仕事に向き合おう。
 それが会社の為であり、しいては自分自身の為にもなるだろう。なにより、早く仕事を覚えて、明彦さんの役に立ちたい。明彦さんに、採用してよかったと、そう思ってもらえるような戦力に成長するんだ……!
 私は決意も新たに、目の前の仕事に全力で取り掛かった。
「運野さん、悪いけどちょっといい?」
 そうして早出の一時間が過ぎ、勤務開始時刻になったかと思えば、あっと言う間にお昼休憩になった。束の間羽を伸ばし、再び午後の業務に取り掛かったところで、牧村チーフに呼び掛けられた。
「はい」
「この資料、至急で会議室に届けてもらえるかな。明彦専務たちの二時からの会議に間に合うといいんだけど。意外と難航して、今まで掛かっちゃった」
 どうやら、例の資料が纏まったようだった。
 差し出された資料を受け取りながら手元の腕時計を見れば、時刻は現在一時五十五分。膝が悪い牧村チーフがエレベーターを待っていては厳しいが、私が階段を使えば余裕だ。
「あ、はい! 急げば十分間に合います。行ってきます」
 言うが早いか、私は資料を片手に会議室に向かって飛び出した。
 そうして数人が乗り込み待ちをするエレベーター前を素通りし、階段を駆け上る。大学と自宅の往復に、弁当屋のアルバイトにと、学生時代から足腰は鍛えられているから、五階上の会議室に行くくらいは苦にならない。
 コン、コン――。
 そうして私は会議開始予定の二時に、二分ほどの余裕を持って、会議室の扉を叩く事に成功していた。
「どうぞ」
 中からの応答を待って、そっと扉を開ける。
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