オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

「失礼します。経営企画室の牧村チーフに代わって、会議の追加資料を持ってまいりました」
 円卓に座す全員の目が私に注がれていた。
 どうやら会議は二時を待たずに始まっていたようで、私の登場で話し合いを中断させてしまったようだった。
「ああ、ごくろう。すまんが、そのまま全員に配ってくれるかい」
 進行役となり、正面のホワイトボードでペンを取っていた営業本部長が振り返り、私に向かって言った。
「はい」
 私は速やかに、抱えていた資料を一人一人に配布していく。同時に営業本部長も、中断していた会議を再開した。
「――会長肝いりのこの事業、なんとしても皆さんの力で成功させましょう」
「とはいえ、通り一辺倒の企画で推し進めてしまっては、これまでのイメージから脱却できないだろう?」
「ですから今回は、既存の概念を打ち破る奇抜なアイディアも積極的に取り入れたいと思っています」
 明彦さんに資料を差し出した時、ほんの一瞬視線が絡む。私に向かってその目が柔らかに細められれば、胸がトクンと高鳴った。
 すぐに私は次の人の配布に移ってしまったけれど、胸に灯った熱はしばらく引きそうになかった。
「この事業には、若い感性がなにより必須と考えております。ですので明彦専務、貴方に大いに期待しておりますよ」
 営業本部長が、明彦さんを名指しする。
「あぁ、これには明彦君以上の適任などおるまいよ。こういった方面で、明彦君の右に出る者などおりませんでしょうからな」
「ふむ、これまでの経験をもとにした有益な案が続々と飛び出してくるに違いありませんな!」
 それに対し、周囲から続々と賛同の声が上がる。
 ……なんだろう?
 新入社員の私には、新規プロジェクトの詳細など知る由もない。しかし途中で聞こえてきた明彦さんへの名指しと、それに伴う周囲の反応に、内心で首を傾げていた。
 一瞬だけチラリと盗み見た明彦さんは、一見すれば、常と変わらない涼し気な顔をしている。けれど私には、その表情が、まるで苦虫でも噛み潰したみたいに歪んで見えた。
 ……明彦さん、険しい顔をしてる? ……ううん。どちらかと言えば、険しいというよりは、難しいような、困ったような感じかな?
 それがどうにも気に掛かったのだが、資料の配布を終えてしまえば、私がそれ以上留まる訳にもいかず、静かに会議室を後にした。
 私は後ろ髪を引かれる思いで、経営企画室のフロアに戻った。


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