オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない


 明彦さんはきっと、ラブホテルに行った事がない。だから豪華も何も、そもそも通常のラブホテルの実態が分からないのだ。
「明彦さん、さっそく行きましょう!」
 明彦さんがラブホテルに行った事がないというのは、単なる私の勘だ。けれど、会議で他の幹部から水を向けられた時の明彦さんの様子や、私が四年間、共に過ごしてきた中で知る明彦さんという人を総合して考えれば、たぶん間違いない。
「ん? 行くとはどこにだ?」
「ラブホテルに決まってます! 明彦さん、行きましょう!」
 私は握られたままの手を、これ幸いと、グッと引く。そうすれば、明彦さんは私に引っ張られる形で腰を浮かせた。
「なっ!? 月子っ!?」
 ところが、明彦さんが弾かれた様にパッと手を離した事で、せっかく浮きかけた腰は椅子に逆戻りしてしまう。
 しかも私を見上げる明彦さんは、目に見えて狼狽していた。
「明彦さん、一にも二にも、まずは情報です。ラブホテルの現状を知らない事には、新しいラブホテルの企画立案なんて出来ません。だから私と、ラブホテルのリサーチに行きましょう」
 私は明彦さんの目をしっかりと見つめて告げた。
 そうすれば明彦さんの表情が、見る間にキリッと引き締まる。
「……月子、本気で言っているのか?」
「もちろんです! 明彦さん、ラブホテルは男女連れでないと入れませんよね? どうか、私を伴ってください。私、やっと明彦さんの役に立てます。こんなに嬉しい事ってありません」
「……ありがとう、月子」
 明彦さんは長い間を置いて、真剣な目をして重く告げた。
「月子の言う通り、俺はラブホテルというものを知らない。月子の申し出に、甘えさせてもらいたい。その代わり俺は、今回の一件が君の不名誉にならぬよう、最大限の配慮を約束する。もちろん俺自身、月子の名誉を傷つけるような行動は絶対にしないと誓う」
「はい、明彦さん」
 頷いて答えながら、けれど私は確信していた。こんな誓いなどなくとも、明彦さんは、私の意に沿わない行動は絶対にしない。
 多くの時間を共有して過ごした四年の月日は伊達じゃない。明彦さんが信用に足る男性である事は、十二分に分かっていた。
 ……けれど本心では、たとえこの一件が私の名誉とやらを傷つける結果になっても、構わないと思っていた。
 私ももう、いい大人だ。それを容認できる明彦さんにだから、こんな突拍子もない申し出をした。そうでなければ、いくら恩人だろうが、こんな身を売る賭けみたいな提案はしない。
「月子、行くぞ」
「はい!」
 そうして私達は、地下駐車場からラブホテルを目指して発進した!!



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