オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

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 私と明彦さんは、キラキラしい大型パネルの前に佇んでいた。パネルには各部屋の写真が写っていて、空室の写真だけがランプで明るくなっていた。
「……ふむ、ここでいいか」
 明彦さんが呟きと共に、いっとう豪華な707号室に向かって人差し指を伸ばす。
「ダメですっ!!」
 私は明彦さんの指がパネルに触れる直前で待ったを掛ける。明彦さんはビクリと肩を跳ねさせて間一髪、パネルの直前で指を止めた。
「すまん、この部屋では何かうまくなかったか?」
 まさかの私のダメ出しに、明彦さんが困惑気味に私を見下ろす。
「はい! 初心者が一番にハイクラスの部屋をチョイスするのはどうかと。まずは、平均的なラブホテルというものがどんな物かを見極めましょう! という事で、スタンダードな502号室でどうでしょう?」
「ふむ、それもそうだ。よし」
 明彦さんは納得した様子で、スタンダードルームで唯一空室で残る502号室をタッチした。
 カシャン――。
 パネル下の取り出し口に、502号室の鍵が落ちてきた。
「なるほど。なかなかよく出来た仕組みだな」
「ほんとですね」
 取り出し口から鍵を取りながら、明彦さんが感嘆した様子で零す。
 私もそれには激しく同意した。
 ちなみに明彦さんは会社を出た後、万が一にも知り合いに目撃される事がないように、少し車を走らせた。そうして駐車場から人目に触れる事無く、直接館内に入れるラブホテルを選んでいた。
 だからここまで、私と明彦さんは誰の目にも触れていない。
「しかも、普通のホテルと違ってフロントがないんですね」
「いや、一応フロントはあるようだ。帰りはあそこで清算をするのだろう」
「え?」
 明彦さんに言われて見てみれば、なるほど低い位置に金銭授受のための窓が付いたフロントらしきものが隅にひっそりとあった。とはいえ、あれならば中のスタッフにこちらの顔を確認される事もない。
「……すごい! かなりプライバシーが厳守されていますね」
「そうだな。どれ、さっそく部屋に行ってみるか」
「はい!」
 私と明彦さんは、さっそくエレベーターに乗り込んだ。




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