オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない




 中央病院に向かった俺は、整形外科の待合室で俯き加減に腰掛ける月子を見つけた。三郎はちょうど処置中なのか、姿が見えない。
 また、三郎を伴ったという養護教諭も保護者の到着を待って帰ったのか、姿はなかった。
「月子」
「明彦さん!?」
 俺の呼びかけで顔を上げた月子は、俺を見て驚きに目を丸くした。
「三郎の状態は?」
 月子の隣に並んで腰を下ろしながら問いかけた。
「今レントゲンを撮っていて、診断はこれからなんですが、先生はたぶん骨折だろうって仰ってました」
「三郎はどこを――」
「あー! お兄さんだ!」
 俺が月子に詳細を問いかけたところで、廊下の向うから元気のいい声が響いた。
 見れば三郎が、自分の足でこちらに向かって歩いてくる。その後ろには苦笑を浮かべた女性看護師が付き従っていた。
 ……三郎は殊の外元気なようだった。ただし、その左腕は簡易的に布で釣り上げている。
 どうやら三郎は、左腕を痛めたらしい。
 腕で良かったというのは、相応しくないかもしれない。けれど、痛めたのが頭や首といった急所だったらと考えれば、怪我が非利き手の左腕であったのは不幸中の幸いと言っていいだろう。
「こら、三郎。病院で大きな声を出しちゃ駄目よ。本当にすみません」
 月子が慌てた様子で三郎に駆け寄って、看護師に頭を下げた。
 俺も待合席を立つと、月子の隣に並んだ。
「それでは、先生から説明がありますので、お母さまとお父さまもご一緒にこちらの診察室へどうぞ」
 看護師の言葉を受けて、月子は目に見えてピキンッと固まった。
 ……どうやら傍目に、俺と月子は夫婦に見えているようだった。
 しかし固まる月子とは対照的に、俺は自然と頬が緩むのを感じていた。
 月子との相愛を確かめ合ったあの日から一ヵ月。
 退社後や休日に、幾度かデートを重ねている。しかし退社後の時間は僅かだし、休日のデートは不幸な偶然によって、毎回三つ子付き。月子と二人きりでゆっくり過ごす時間というのは、持てていないのが実情だった。
 とはいえ、月子との心の距離が着実に縮まっているのは感じていたし、それを不満に思った事はなかった。
 けれど今の看護師の言葉で、俺の胸の奥深くがジンジンと疼く。
 ……月子と夫婦になって、多くの時間を同じ場所で過ごし、同じ感動を共有して過ごす。そうして愛しい我が子を共に慈しんで育む。
 脳裏に過ぎった想像は、熱量を伴って、俺の心に訴えかける。
 ……あぁ、そうか。現状に不満がないというのは所詮、綺麗ごとの建前なのだ。
 俺は本心では、月子と二人きりの時間を望んでいる。そうしてそれは、その場限りの情欲を満たしたいが為ではない。
 俺はもっと深いところで月子を切望している。そして、その想いを満たすには、夫婦という形が一番っしっくりと嵌まるような気がした。
「あの。私、姉です……」
 ここで石の如く固まっていた月子が、消え入りそうな声で訴えた。
「まぁ、すみません。若いのにしっかりしたお母さまだなって思って感心してしまったんですけど、お姉さまでしたか。失礼しました、それではお姉さまも一緒に診察室へお願いします」
「あ、はい」
 看護師はさっぱりと謝罪を口にのせ、改めて診察室に促す。
 深く掘り下げる事をせず、敢えて俺の存在にも触れてこないあたり、この看護師はなかなかに有能だと感じた。
 そうして、診断を聞いておけば何か力になれる事もあるかと思い、俺も共に診察室の扉を潜った。


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