剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「いいや。間接的にだからお前が俺を知らないのは無理もないさ。名前を聞いてこちらは初めて確信を得たんだ。夜会でお前が名乗った偽名ルチア・リサイト(Lucia Recite)はセシリア・トロイ(Cecilia Treu)のアナグラムだからな。諜報名の基本だ」

 セシリアは男に対して感心するのと共に用心さを増幅させる。やはりジェイドは思ったよりも頭が切れる。名前に関してすぐに気づいたのは、ルディガーに続き二人目だ。

「あなたの目的はなんでしょう?」

 ジェイドはセシリアから目線を逸らし、再びカップを口まで運ぶ。そして世間話でもするかのような口調で続けた。

「試したんだ、お前らアルノー夜警団をな。王家のお飾りとして剣だけが達者な無能な連中と思っていたが、なかなか使える奴もいるらしい」

 挑発的な言い方だが、セシリアの感情も表情も揺れはしない。ジェイドはセシリアに視線を戻し語りだした。

「二週間前にドゥンケルの森の入口付近で、若い女性の遺体が見つかっただろ」

 唐突な話題に、セシリアは訝しがりながらも素直に答える。たしか報告が上がっていたはずだ。

「ええ。しかし目立った外傷もなく、彼女には心臓に持病もあったと聞いています。その発作を起こしたと結論づけ処理したのですが……」

「彼女はな、うちの患者だったんだ」

「え?」

 抑揚なく口を挟んだジェイドにセシリアは目を丸くする。
< 29 / 192 >

この作品をシェア

pagetop