冷酷御曹司様と政略結婚したら溺愛過剰でピンチです
プロローグ

神殿まで向かう、参進の儀。
神主や巫女の背に続く新郎新婦の後ろに、粛々と和服姿の行列が伸びていく。

『ああ、私は神域に迷い込んだのだ』と錯覚するほど冴え冴えと張り詰めた静寂の中、鳳笙や龍笛によって奏でられる雅楽の調べが、境内へ厳かに響き渡り始めた。

朱色の大きな野点傘の下、白無垢に綿帽子姿の私は一歩、また一歩と歩みを進めながら……真隣には並ばず、少しだけ前を行く紋付羽織袴姿の男性を見上げる。

百八十センチくらいのすらりとした体躯に、艶やかな藍墨色の黒髪。
鼻梁の通った大人の色香が漂う相貌には、緊張なんてまるで感じていなそうな、引き結ばれただけの形の良い唇があった。

繊細な睫毛に縁取られた濃灰色の瞳は、瞬きもせず、そして何の感情も浮かべず、真っ直ぐに前方を見据えている。

決して私と足並みを揃えぬ彼からは、酷く冷淡な雰囲気が滲み出ていた。


――この瞬間に、緊張しているのは私だけなのだろうか。

押し潰されそうな程の不安の中、誰かの〝妻〟になることに……。そしてこれから始まる結婚生活に、微かな期待を抱いているのは私だけなのだろうか。



初めての顔合わせから一ヶ月。
その内〝夫〟となる彼と会ったのは、この日を含めてたった二日だけ。

そんな交際期間ゼロ日の、恋人未満どころか知人未満の関係でしかない私たちは、本日、互いに愛を感じることなく――〝夫婦〟になる。

< 1 / 83 >

この作品をシェア

pagetop